2018年6月1日金曜日
2018年5月25日金曜日
袴田巖さんに心からの自由を
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袴田巖さんは無実だ! 2018年5月24日発行
浜松袴田巖さんを救う市民の会会報No.3
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袴田巖さんに
心からの自由を
袴田巖さんの裁判の
早期終結と無罪判決を
写真は「袴田巖さんの壁」の前の巖さんとひで子さん
(5月18日)
袴田巖さんは,現在82歳です。健康状態は万全ではありません。
2014年3月27日の再審開始決定により巌さんは釈放されましたが,検察の異議申し立てによって、無意味な4年が経過してしまいました。
巖さんは,いまでも妄想の世界にいて「裁判は終わった」「事件などなかった」との発言を繰り返すなど、この点では,釈放される前と何も変わっていません。
残酷な恐怖と孤独のために,巖さんは精神の自由を奪われ,生活は大きく歪められ,人としての普通の生活を取り戻すことができていません。浜松市内を歩き回ることは,散歩ではありません。巖さんは「行かにゃしょんない」と言って外出し,
1日何時間も歩き,雨の日でも出かけています。これも,妄想の世界によるものです。
こうした巖さんの状況は、冤罪被害、死刑執行の恐怖から命を守るための、巖さんだけの妄想の世界を作り上げていることに他なりません。冤罪や死刑執行の恐怖をなくすことが不可欠です。そのためには何よりも、無罪判決を受け,事件を完全に終結させることが絶対に必要なのです。
上川法務大臣は検察官の
特別抗告断念の指揮を
【検察庁法第14条 】
しかし、検察がその判断に不服を申し立てれば、さらに最高裁で数年かかってしまいます。袴田さんのやり直しの裁判(無罪を出すための裁判)を始めることが出来
上川事務所前でのアピール(5月18日) ません。
袴田さんは、すでに82歳を越えてしまいました。 これ以上裁判を長引かせることは出来ません。それを止められるのは上川陽子法務大臣だけです。多くの声を上川法務大臣に届けましょう。
*上川法務大臣静岡事務所要請行動(静岡市葵区七軒町18-10)
6月8日までの平日12時~13時(雨天中止)
*上川法務大臣要請街頭宣伝
6月10日までの土曜、日曜の12時から青葉通り
(雨天は静岡駅北地下広場)
= 即時抗告審報告集会のご案内 =
◎ 日 時:6月16日(土) 午後1時30分開会
※ 集会資料代として500円をお願いします
※ 開場は午後1時です
◎ 会 場:静岡労政会館
6階 ホール
※静岡駅北口から、線路に沿って徒歩7分(500m)
(1) 袴田弁護団報告、 袴田巖さん・ひで子さんから
(2) えん罪被害者からのアピール
= 袴田巖さんの高裁決定報告集会 =
◎ 6月24日(日) 午後2時から
浜北区 中瀬協働センターにて
★ 袴田巖さんの再審開始決定から4年が経過して、やっと6月11日に高裁は決定を出す事になりました。最高裁への特別抗告が心配されます。引き続きのご支援、ご協力をお願いします。なお、6月24日の集会案内は高裁決定の内容と併せて、後日お知らせします。
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《 浜松 袴田巖さんを救う市民の会 》
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2018年5月23日水曜日
巖さんの壁 2018.5.20
20日の巖さんの壁から。「iwaoの真実はこれから何十年何百年と語りつがれます。iwaoは無実です」「もう終わりにしてして下さい」「袴田事件で罪を問われるべきは警察です、検察です、裁判所です。袴田さんを犯人にするために証拠をでっち上げた人ゝを裁こう!布川事件 桜井昌司」
2018年5月19日土曜日
上川法務大臣は指揮権発動を
袴田巖さんの高裁決定について、上川法務大臣は特別抗告をさせないため、指揮権の発動を左)上川事務所前でのアピール
上川法務大臣は、
検察官の特別抗告を
やめさせてください
右)特別抗告をさせないための
「袴田巌さんの壁」
上川法務大臣は、
検察官の特別抗告を
やめさせてください
右)特別抗告をさせないための
「袴田巌さんの壁」
2018年5月7日月曜日
検察はタオルを投げろ その2
2018.05.03
新旧世界王者も賛同。日本ボクシング界が
「検察はタオルを投げろ!」

- 小石勝朗●取材・文 text by Koishi Katsurou 撮影●山口裕朗 photo by Hiroaki Yamaguchi
支援委は、さらに現・元世界王者ら著名なボクシング関係者にメッセージを出してもらい、SNSを通じた発信を強める構えだ。
ボクシング界は、2006年に東日本ボクシング協会が袴田巖再審支援委員会を設置。翌年には日本プロボクシング協会に支援委が発足し、以来、袴田さんの支援運動の中核を担ってきた。
東京・後楽園ホールで大がかりなチャリティーイベントを開いたり、最高裁や法務省へ要請書を提出したり、ピンバッジを弁護団に贈ったり、メッセージ動画を制作したりと、多彩な活動を展開している。輪島功一、大橋秀行の元世界チャンピオンを中心に、内藤大助、井上尚弥、内山高志、山中慎介ら、その時々の現役世界王者も参加。今年1月には雪の中、京口紘人ら約60人が東京高裁前に集結してアピール行動を敢行した。
当初は協会内に「お上に盾突くのはどうか」という意見もあり、一筋縄ではいかなかったそうだ。
「袴田さんが嫌疑をかけられたきっかけが、『ボクサー崩れ』という言葉に象徴されるボクサーへの偏見だったことが知られるにつれ、賛同の輪が広がっていきました。日本フェザー級6位まで上がり、1960年に年間19試合の最多試合記録を持つ先輩ボクサーへの尊敬の気持ちも共有されています」(新田氏)
「袴田さんの表情は、4年前の釈放直後とは比べものにならないほど明るくなりました。自由でいられることが何よりの薬だと実感します。ボクシングへの関心度は上がったり下がったりですが、いつでもアクセスできるようにしておくことが私たちの役目です」(新田氏)
ボクサーたちは支援活動を「『元ボクサー』を理由に理不尽な疑いをかけられた袴田さんの誇りを取り戻す闘い」と位置づけてきた。それは、自分たちの「誇り」を再確認する営みでもある。だからこそ一刻も早い、袴田さんが元気なうちの再審開始と無罪判決を待ち望み、今回のキャンペーンでその動きを加速したいと意気込む。
「検察はタオルを投げろ!」 その1
2018.05.03
新旧世界王者も賛同。日本ボクシング界が
「検察はタオルを投げろ!」
- 小石勝朗●取材・文 text by Koishi Katsurou 撮影●山口裕朗 photo by Hiroaki Yamaguchi
刺激的なタイトルのインターネット署名キャンペーンを4月から始めたのは、日本プロボクシング協会(JPBA)だ。「無実の死刑囚」と呼ばれる元プロボクサー袴田巖さん(82)に対する支援活動の一環である。
1966年に静岡県で起きた一家4人殺害事件(袴田事件)で死刑が確定していた袴田さんに、静岡地裁が再審(裁判のやり直し)の開始を認めたのは2014年3月だった。しかし、検察が決定を不服として即時抗告したため審理は東京高裁で続き、近く判断が示される。
そこでボクシング協会の袴田巖支援委員会は、東京高裁で再審開始が認められれば検察はその決定に従うよう、世論へのアピールに乗り出した。インターネットに専用サイトを設け、誰でも賛同の署名ができる。高裁の決定が出た段階で上川陽子法相に提出し、特別抗告の断念を検事総長に指揮するよう求めるという。1カ月で署名は約1700人に達した。
支援委の委員長を務める新田渉世(しょうせい)・協会事務局長(元東洋太平洋チャンピオン)は「裁判所の判断がいつ示されるか見通しのつかない中で、広く長く続けられるアクションを模索しました。ボクシングの試合放棄になぞらえたキャンペーンのタイトルに、私たちの決意を見取ってほしい」と話す。
キャンペーンにあたって、元世界チャンピオンの長谷川穂積はこんなコメントを寄せた。
「冤罪がなくなり、ひとりでも多くの方が報われることを願っています。正しい者は最後に勝つと信じています」
2018年4月21日土曜日
巌さんはどうして高検に入らなかったのか(2018.3.12)
№1 高検で入り口方向を見る。この前方に警備員が・・・。(左上)
№2 何を思ったのか向きを変える。引き止めようとするひで子さん。(右上)
№3 さっさと階段を下りようとする。唖然とする小川さん。(中段 左)
№4 引き戻そうとするひで子さんを振り払って。(中段 右)
№5 ひたすら前進。追いかけるメディア。(下段 左)
№6 巌さんの行方を見るひで子さん、西嶋さん、小川さん。傍らに警備員の姿。
(下段右)
3月11日(日)は京都で弁護士会主催の集会があり、ひで子さんは出席予定でした。
この日の朝、ひで子さんが出かける支度を始めたところ、巌さんから「どこへ行く」と尋ねられたようです。「京都へ行く」と答えたところ「西の方か、それじゃ行かにゃ」ということで、急遽同行となったようです。
集会では、壇上であいさつし、シュンポジュームは退席し、京都観光をしたようです。
翌朝は新幹線で東京へ直行。
東京についてからの巌さんは、ひで子さんに腕を抱えられていることに「うるさいな」と、抱えている腕を振り払っていたようです。
14時からの高裁要請のため西嶋弁護士と弁護士会館で待ち合わせ、高裁へ。
以下、メディアの方々から巌さんの様子を聞きました。
1 東京高裁にて
弁護士会館15階のソファーで一休みした後、裁判所玄関に。
ひで子さんは巌さんに裁判所に行くとの説明はしていない模様。
エレベーターに乗って裁判所の15階刑事8部に。要請終了後、小川弁護士が「巌さんに怒られた」と出てくる。理由は、巌さんに「ここは裁判所」と言ったところ、いきなり「うるさい」と怒られたようです。
2 東京高検にて
高検前で足の止まった巌さんに(№1)ひで子さんや小川弁護士が何やら話しかけ、制服姿の警備担当者数人が「どうぞどうぞ」という素ぶりで入るように促した瞬間、巌さんはくるっと向きを変えて逃げ出したような格好でした。(№2) 歩きだす巌さんを引きとめようとした、ひで子さんの腕を振り払い階段付近で、「捕まったんじゃしょうがない」と言ったようです。(№3)
それから一人でどんどん歩きだした巌さんに、後ろから追いながら声をかけるひで子さんに、「離せ」と腕を振り払いました。(№4)
TVカメラクルーが「あっちですよ」と声をかけたところ、「 関係ねえんだ、あんなものは、あいつらばい菌なんだ、ばい菌で死んじゃう」との返事あり。
その後東京の支援者の平野さんが巌さんに追いついて「巌さん」と、声をかけたところでも「終ったんだ」と答えていました。
以上のような11日から12日の巌さんの様子でした。
3 巌さんが触れたくない事柄との直面について
高裁及び高検での巖さんの様子は、拘禁反応の原因の一つである「事件、裁判」に関連した現実に直面した結果であったと思います。
以下、4年前の解放翌日と同じ年の11月22日の巌さんの言葉を紹介します。
2014年3月28日
「世界中で一番強い者として、世界で一番優れた者として、世界で一番正しいと認め
られ、歴史が終わった」と、入院先のベッドでの言葉です。
2014年11月22日
「正しいことで国家権力に勝った。最高裁に勝ったということ。袴田巖は裁決になった
んだから。釈放するじゃ、死刑判決下していたのが、死刑できんのだからね。最高裁が負けたんだ。袴田巖が裁決になっちゃった。権力支配。権力の強さだな。それだけはっきりしているんだね。最高裁が負けりゃ一番強いのが袴田儀式で、検察、裁判所に闘って、一番強いのが最高裁だ。それが袴田に負けたって言うんで、袴田巖が最高裁になっちゃった。」と、表現しています。
そして、「事件も裁判もない」と言い続ける巌さんの妄想的世界があります。
なお、精神神経学会、多摩あおば病院の中島医師による、2008年11月作成の意見
書では、「こうした症状は・・・死刑の確定の後、昭和60年ころから出現している。拘禁反応には、文字どおり拘禁の影響のほか、公判の経緯や他者との関係が影響する。 中略 このころの精神症状の主体である妄想及び幻覚の内容をみても、自らに被害を及ぼす者として拘置所職員を示唆し、それが次第に強大な力を持つようになり、それに応じて自らも人並外れた能力を持つとの誇大妄想が生じ、それぞれに対応する幻覚を伴っているという意味で、拘禁状況に強く関連したものであることが明らかである。 後略」と、拘禁反応の原因に拘置所職員の存在がある事に触れています。
巌さんのこの日の反応は裁判所と知らず、高検前では警備員と対面してしまい、妄
想によって避けて、隠してきた事柄に直面させられ、その場面を回避しようとした姿であったと思います。「捕まったんじゃしょうがない」或いは「終ったんだ」とか、さらには「関係ないんだ、あいつらばい菌なんだ」と、自分の妄想的世界を崩されまいと、何とか治めてしまいたいという様子であったと思います。
この日の様子は巖さんが抱える妄想的世界に、少なからず打撃を与えたものだと思いますが、翌日の巖さんはいつもと同じように街に出かけています。このことは巖さんの妄想的世界の壁が如何に高く、厚い物であるいう証明だと思いました。(文責:寺澤)
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