2019年10月20日日曜日

雨の中のスタンディングアピール。定例の街頭署名は先週の土曜でしたが、台風19号を避けて中止しましたので、今日14時から1時間浜松駅での行動になりました。傘を差してのアピールでしたが、7人の方の署名の協力をいただきました。巌さんはこの雨の中、街歩きを決行でした。

2019年9月29日日曜日

最高裁は罪だ その2


巌さんとの会話913日の夕方、街歩きから帰って一休みのところをお邪魔して)

 袴田さんの拘禁反応による精神障害の状況は、1985年ころから始まっている状態と大きな変化はありません。この日の会話でもそれを感じましたので、その様子を拾い出してお知らせします。

裁判について
・裁判といえば一審二審三審だね。こりゃ儀式で決まってて、監獄へ入らにゃしょうがない。監獄に入らにゃ字を覚えることできんだね。儀式がね。監獄に入って覚えよう、教えようという事だ。袴田巖にね。袴田巖の地位があってね。
地位?
・中心という地位があってね、これで中心が勤まるかどうか、監獄で字を教えるということだね。そういう生活だろうね。監獄時代、15年もかかっているが、ノーベル文学賞作家の地位までとっちゃったんだから。いろんなもの書いてね、書くことに困らんようになっちゃったね。どんなことでも書けるようになってきたね。

裁判という言葉を聞いて何かありますか
・裁判の問題はどういうのか。事件がない、無罪が。これをね、掴んでれば、事件がない、無罪でやっていれば無罪だろうからね。有罪にするために隠しちゃってこんなものね。隠したんだね。裁判、訴状上げねぇんだね。隠しちゃったんだね。そういう時期があった。それだから有罪、有罪でいったんだね。死刑、死刑で。だけども袴田巖という名が中心だったんだね。儀式の中心だったから、検事であるんだね。検事でなけりゃ捕まえておけねぇんだ。監獄にね、捕まえておけねぇんだ。それで修行にならねぇんだ。
裁判の印象はどんなですか
・裁判の印象ね。振替ってみると、印象ねー、ねぇんだね。裁判の印象はね、裁判というとどうなって、苦しいことはねぇんだね。通って行っちゃってね。

検察官というとどういう印象ですか
・検事。事件がないんだからね、本当の証拠というはね、事件がないんだからね、検察も袴田巖が中心である儀式がね。偉くしにゃしょうがないだからね。字を覚えさせにゃしょうがないだね。字を覚えさせにゃしょうがないんだね。検事自体にね。検事、警察そういった責任があって、監獄にぶち込んで、死刑という名でもってぶち込んだってなってるがね。実際は検事なんだね。
検察官の名前覚えてる人
・検察、どうなってるかね。吉村英三なんてね、吉村英三なんてね。
・有罪にしにゃしょうがないんでね。向こうは。偉くなれねぇんだから。袴田巖が。自由じゃね。そういう儀式なんだね。何だか監獄ぶち込んで、偉くしようってことだね。
すみません、あまり良い質問じゃなくて。
・勝ちだでね。負けやせんでね。何か勝たすんだね。勝たして偉くしている。(文責:浜松袴田巖さんを救う市民の会)

2019年9月13日金曜日

最高裁は罪だ

 
2019年9月13日(木) 久しぶりの巌さんとの会話。午後1時ころから5時ころまで、街歩きで一休みのところをお邪魔しました。今日は裁判、検察官、弁護士、再審、儀式、機械など、とても意図的な質問をさせていただきました。終始穏やかにお話いただきました。その中でも「事件がない。無罪」という言葉が繰り返され、そして最高裁は「罪」だと断言していました。終了後、写真を撮影をお願いして、少しだけ笑顔をいただきました!

2019年8月24日土曜日

袴田巖さんの再審開始と再収監を許さない

 昨日(8月23日)「袴田巖さんの再審無罪を求める実行委員会」による最高裁への要請を行いました。大崎事件の最高裁決定を批判し、山崎裁判長の退官前の不当な決定を出させず、何としても再収監をさせないという強い意思を込めて行いました。
 以下、要請書の内容です。           
                                  2019年8月23日
 最高裁判所第三小法廷 
    裁判長 山﨑 敏充 殿

            袴田巖さんの再審開始決定を求める要請書
 袴田巖さんは53年前の8月18日、事件から49日目に逮捕されました。
 静岡県警は「犯人は袴田以外にない。犯人は袴田に絶対間違いがないということを強く袴田に印象づけることにつとめる」(「清水市横砂会社重役宅一家4名殺害の強盗殺人放火事件捜査記録」静岡県警作成)と、何としても袴田さんを犯人とするため、拷問を含んだ違法な取調により犯人に仕立て上げたものです。
 こうした静岡県警の不当な逮捕により、袴田さんは「冤罪なれど死刑囚」(袴田さん獄中手記より)として、今もなお冤罪を晴らすための残酷な闘いを強いられています。
 最高裁が行うべきは、東京高裁大島決定の誤った判断を糾し、「言葉」を失った袴田さんの冤罪を晴らすため、司法の正義の実現を図ることにあります。
 今年6月25日の大崎事件の最高裁決定は、「疑わしきは被告人の利益に」とする白鳥決定を何ら踏まえたものではありません。開かずの扉と言われる再審の扉をさらに狭くしたもので、厳しく糾弾されるものであり追随は許せません。
 そして、最高検は「誤った法解釈を前提とする刑の執行停止が継続する状態がいたずらに続くことを解消するためにも、本件特別抗告は速やかに棄却されるべきである。」との意見書を提出し、最高裁が再審開始決定を再び取り消した場合は、袴田さんを死刑台に直ちに送り込もうとするものであり、絶対に許すことは出来ません。
 事件発生から53年、犯人を取り逃がし、事件をでっち上げた捜査機関はもちろんのこと、裁判官の誤りを糾す事で、今こそ最高裁が「耐え難いほど正義に反する」ことなく、袴田巖さんの再審を直ちに開始することを強く要請します。

           袴田巖さんの再審無罪を求める実行委員会
構成団体:日本国民救援会/日本プロボクシング協会袴田巖支援委員会/袴田巖さんの再審を求める会/袴田巖さんを救援する清水・静岡市民の会/袴田巖さんを救援する静岡県民の会/浜松・袴田巖さんを救う市民の会/無実の死刑囚・袴田巌さんを救う会

2019年8月20日火曜日

53年前の不当逮捕抗議

 

53年前の今日袴田巌さんは、無実の罪で逮捕されました。夕方5時半から1時間、浜松駅前で袴田さんの不当逮捕に抗議し、再収監を許さないスタンディングアピールを行いました。最高裁は袴田さんが生きているうちの再審開始決定を!検察は再収監を絶対にするな!

2019年8月18日日曜日

袴田巖さんは警察の狙い撃ちにより不当逮捕されてしまいました


袴田巖さんは警察の狙い撃ちにより不当逮捕されてしまいました

1966630日  清水の4人殺人放火事件(7/1 静岡新聞夕刊見出し)
袴田さんはプロボクサーをやめてから、清水のこがね味噌の従業員として、寮に住み込み
で働いていました。事件はその寮と東海道線をはさんだ反対側にある会社専務宅で起きました。専務宅が放火され、消火活動の後4人の焼死体が見つかり、「強盗殺人並びに放火事件」として捜査が始まりました。この事件では消防署による鎮火時刻は特定されていますが、殺人現場の目撃者はなく、犯行時刻は特定できていません。
袴田さんは寮に住み込んでいた同僚と一緒に、パジャマのまま消火活動を行い、そのことは同僚の証言にあります。袴田さんが着ていたパジャマには、消火活動でできた右袖に傷があり、袴田さんの腕にも傷があります。また、同じように消火活動で左手の人差し指に怪我をし、この傷は事件から3日後(73日)に浜北の自宅に帰った際に治療を受けています。

74日 
同僚に勧められ受診。警察医の立会い、診療録に左足のすねの傷の記録なし。
74日袴田さんは同僚から、指の傷の治療を勧められ、清水市内の医療機関に受診しました。その受診は清水署の警察医が同席していました。指の傷の診断書(資料1)には全身の傷を調べたことになっています。しかし逮捕後の強制自白で専務に蹴られて出来たとされる、右足のすねの傷の記載はありません。逮捕時の身体検査調書にも記載はありません。
家宅捜索でパジャマ、作業衣押収。毎日新聞「従業員H」「血ぞめのパジャマ」
この日は任意による取調べが行われ、家宅捜索を受けた寮の部屋から、パジャマ(写真1)と作業意(写真2)が押収されています。そのパジャマにはごく微量の血液が着いていたのですが、警察は「大量の血の付着」と発表。毎日新聞の夕刊では、「従業員H」とか「血ぞめのパジャマ」など警察発表を鵜呑みにした記事を書いています。

818日 事件から49日目の不当逮捕(49日の法事に合わせ)
警察は袴田さんのアリバイがないこと、指の傷、パジャマに付いた油と血液の付着及び腕の傷を事件と結びつけ、事件から49日目の年818日に不当逮捕しました。


資料 1

写真 1

写真 2
 



2019年8月15日木曜日

袴田さん不当逮捕から53年―不当逮捕抗議、再収監を許さないアピール行動

「袴田さん不当逮捕から53年―不当逮捕抗議、再収監を許さないアピール行動」
・日時 8月18日(日)午後5時30分から6時30分まで
・場所 浜松駅前北口にて
     スタンディングアピールを行います。
     準備可能でしたらキャンドル持参でお願いします。
以下はアピール文です。
                     2019年8月18日
      袴田巖さん不当逮捕から53年
    不当逮捕抗議、再収監を許さないアピール
 
 袴田巖さんは53年前の今日(1966年8月18日)、事件から49日目に逮捕されました。袴田さんの逮捕は、行き詰った捜査を打開し、世論の非難を避けるため、静岡県警がでっち上げ逮捕したものです。
 静岡県警は「犯人は袴田以外にない。犯人は袴田に絶対間違いがないということを強く袴田に印象づけることにつとめる」と、何としても袴田さんを犯人とするため、拷問を含んだ違法な取調べを行いました。こうした県警の不当な逮捕により、袴田さんの人生は「冤罪なれど死刑囚」(袴田さん獄中手記より)として、今もなお無実の死刑囚としての闘いを強いられています。
 また、昨年6月11日の東京高裁大島裁判長の不当決定から既に1年2ヶ月が経過し、最高裁の審理が続いていますが、最高裁の判断は予断を許さない状況にあります。それは、先日の最高裁の大崎事件に対する、再審の門をさらに狭くする不当な決定が出されたことにあります。
 なお、最高検は「誤った法解釈を前提とする刑の執行停止が継続する状態がいたずらに続くことを解消するためにも、本件特別抗告は速やかに棄却されるべきである。」という意見書を1年前に最高裁に提出しています。
 このことは最高裁が再審開始決定を再び取り消した場合は、袴田さんを死刑台に送ろうとするもので、絶対に許してはなりません。
 袴田巌さんは無実です。私たちは、53年前の袴田さんの不当逮捕に抗議し、併せて袴田さんの一刻も早い再審開始を求め、再収監を絶対に許さない取り組みを強めます。
           浜松 袴田巖さんを救う市民の会

2019年8月4日日曜日

袴田巖さんの死刑廃絶・再審法改正集会に向けたアピール


袴田巖さんの死刑廃絶のアピール
(死刑制度撤廃124集会獄中アピール集より/19080124日)

死刑制度撤廃124集会に向け獄中からアピールを送ります。
 国家が民衆を殺してよいなどと言うナンセンスなことを黙認するわけにはいかない。
 そもそも法律は殺人を最も悪事とも定義しております。然るに、その殺人を国家が法の名に於て執行するとは、正しく今生に於ける極悪の最たるもので絶対許されない筈だ。
 権力者なら殺人を犯してよいなどと言う現代悪法の典型は心ある国民の力で廃絶しよう!


「再審の門を開け!再審法改正!」全国集会(1981718日)への
袴田巖さんのアピール

袴田事件                            袴田巖
 本集会にお集まりの皆さんに、獄中からアピールさせていただきます。
 私は昭和41630日未明、静岡県清水市で起こったこがね味噌重役一家4人殺人放火強盗事件で、全く身におぼえのない犯人にしたて上げられた元ボクサー袴田巖でございます。
 昭和43年、一審で静岡地裁は私に死刑を宣告しました。そして、昨年1119日、最高裁は上告を棄却しました。
 現在弁護団、無実のボクサー袴田巖を救う会、友人、家族等の力で再審の請求をしていただいております。
 私は最高裁で上告を棄却された当時、獄中で胸に湧いた悲しみ、明らかなデッチ上げに対する押え難い怒り、そういうものが終日私の脳裏に錯綜していました。うす暗い牢獄の中で、ついには還暦を迎え腰の曲がった老人となってさびしく死んで行く自分の哀れな姿を想像したりしました。私の人生の末路はこんなふうになるのだろうか。
 しかし、身をかかがめて長生きするよりは、堂々と生き、また堂々と進むことが人間らしく、またキリスト者らしい姿ではないかと思う。
 彼、巌窟王吉田石松翁に対する権力の犯罪、さらには世には知られることなく葬り去られた幾多の権力犯罪。金森老や加藤老が居り、現在再審を開始させた免田事件、財田川事件・・・、彼らは一生を雪冤にかけたし、またかけている。これら先輩の不墝不屈の驚嘆すべき勝利への戦いの歴史がある以上、私たち冤罪者は泣いてはならぬ。一途に真心で進撃しようと思う。
 イエスキリストの弟子達、パウロの苦難に思いを致したい。
 私はキリストの福音の中に今日の現実の矛盾と葛藤と苦悩を解決する最も貴重なカギが隠されていると確信する人間である。
 こうしたことに到達した獄中生活とは私にとって大変貴重なものである。不自由な中に自由があることを悟り、心の自由さえあれば身はたとえ獄中にあっても私の口に詩や賛美歌や歌が消えることはない。
 すべての善人の苦しみのなかに生命は限りなく美しく芳香を放つもの。私は自分が無罪であることを知っている。私だけでなく私を取り調べた捜査官はもちろんのこと、検察官も書記官もすべてのことを知っている。
 裁判官にいたるまで私に罪がないことを明らかに知っている。
 当局の偽証、物証の隠とく、真犯人隠とくが暴露することを私は信ずる。
 裏木戸、クリ小刀、この一つの事実からも私の無実は明らかにされつつあります。
 歴史の審判は神の審判であり、本件権力犯罪は神の審判が近く必ず下るだろうと私は確信する。
 ご支援を心から感謝します。


2019年7月22日月曜日

巖さん浜松から新丸子へ引越し・・・!? (巖さんの新丸子行き後日談)


2019.7.9
巖さん浜松から新丸子へ引越し・・・!?
(巖さんの新丸子行き後日談)

  袴田巌さんは突然「新丸子へ行く」と言い出し、ひで子さんは巖さんの希望だとして、直ぐに川崎へ向かいました。巖さんがボクシングのプロデビューした「不二拳」は既になく、新田ジムへお邪魔しました。
 それから少し時間が経ちましたが、そのことを聞いてみました。

・この間新丸子へ行ってきたんですか
   新丸子ね
   (ひで子さん)新丸子へ今日も行くっていうのさ。雨が降るでまたにしようねって言って、いつでもいいだらって言ったら、いつでもいいって。
・新丸子思い出したんですか
   え~
・新丸子思い出したんですか
   新丸子ね。行かにゃしょうがないんだ、こっちゃあね。新丸子へ行って世界を治めにゃしょうがないんだ。
・今日も行きたかったんですか
   新丸子へ行って世界を支配すりゃ一番いいってことだね 機械ができちゃってるからね
・何が?
   機械がね。これでしょうがないんだろうね。浜松でもたまに来るぐらいでね。新丸子にいにゃしょうがないんでね。袴田巖はね、新丸子に機械がいっぱいできてきてね。ボクシングで怪我のないような機械ね。世界中のボクシングで怪我がないというような機械があるんだね。そんなもの支配しにゃいかん。
・そんなこと・・・
   他の人じゃできんだね。ボクシングで勝ってる人でなきゃできんだね。富士山のマグマで一番勝ってる。富士山マグマで。富士山マグマで争っているんだね。富士山からもいっぱい良い選手が出きているんだがね。
・前にも言ってましたね
   袴田巖にノックアウトされちゃったんだね
・そうなんですか
   7、8人ね。頂点になれんだね。負けたんじゃね。
・やっぱり巖さんが一番ですか。
   負けたことはないんだね。富士山マグマになっちゃってるんだね。今は富士山マグマになって地球が回転しているんだ。世界に7つもあるんだね、富士山は。ものすごい権限持っているんだね。権力持っているんだね。強い者としての権力でね、ボクシングで勝つという事ね
・大事ですねもんね
   負けたら駄目なんだね。みな血を取られちゃうんだね。マグマでね。そういう闘いが長いこと続いてたっていうことだね。
・続いてますよね
   決着をしにゃいかん。新丸子に機械ができちゃったんだね。10も機械ができちゃった。ボクシングで怪我しなんようにね。ボクシングで困ることがないように。機械が出来ちゃってるんだね。
・決着はどうやってつけるんですか。
   それ、その監督にいかにゃしょうがないだね。私が言えば、私の血があれば機械は正常に動くんだね。機械は正常に動いて怪我したりなんかない。しやぁせんだね。
・それじゃどうしても行かなきゃいかんですか
   新丸子に行ってにゃしょうがないんだね。袴田巖のボクシングでね。
・何年ぶりに行ったですか。
   えー
・何年ぶりに行ったですか
   新丸子?新丸子行ったのが何年なるんだろうな。まあ長いこと行ってないんだね。
・巖さんがいくつの頃行ったんですか。
   新丸子行ったのは25くらいかな。
・そのころ元気あったんですよね。
   まあ、勝たにゃあしょうがない。マグマの頂点にならなきゃ勝てねぇんだね。
・その頃のボクシングジムはあったんですか。
   不二拳があったんだ。新丸子に。不二拳に行ってプロやったんだね。浜松にいたときはアマチュアだからね。新丸子に行ってプロになったんだからね
・懐かしかったですよか。
   まあ、闘わにゃしょうがないということだね。天下取るか、取れないかという事だね。
・そこ厳しいですよね。
   打ち負けなきゃいいんだね。打ち勝つならいいんだね。打ち負けると駄目だったんだね。
・ジムでちょっとボクシングしてきたんですか。
   ボクシングはね、まあ、やらりゃあせんからね。袴田巌は打たれやせんだからね。大してね。
・若い選手が沢山いたんですか。
   ノックアウトされるほどね打たれゃやせん。
・聞きましたね
   そういうボクシングで全部KO勝ちで勝ったということ。その結果ボクシングを納めてかにゃしょうがない。マグマになっちゃったんでね。富士山マグマにね。
・ボクシングの時代はいいときですか。
   ボクシング時代はね。ボクシング時代で地球を持っているんだね。マグマでね。
   出たな(ひで子さんが食事の支度が始まる様子を見て)
・ご飯ですか。また時々お邪魔しますが。お元気で。
   もう新丸子行っちゃうよ。
・新丸子に行かないで、浜松にいてくださいよ。
   居れねぇんだな。
・新丸子でボクシング教えるですか。
   ボクシング、世界のボクシングの問題がないようにするんだね。そういう役目になっちゃったんでね。
・そうすると巖さん落ち着くんですか。
   世界を支配していく。
・大事なことですね
   ボクシングはね。怪我がないようにね。みんな怪我しないように。機械が10もある機械をコントロールしてくんだ。私の血ならやれるんだね。私の血ならね、機械が動くんだ。富士山マグマの機械がね。動くっうことだ。他の人じゃ動けねぇんだ。ボクシングで勝ったもんじゃなきゃね。負けたもんじゃ動かせないんだね。
・しばらく浜松には・・・
   ボクシングは知恵の時代は終わっちゃったんだね。全部ね。終わって新丸子にそういう機械ができちゃったってことだね。
・そうするとしばらく浜松は留守になるんですか
   浜松はね、たまに来るぐらいだね。マグマの問題だでね。
   (ひで子さん)新丸子へ引っ越すかって。
・一人では行けないですね。一人で行けるですか。
   行けますよ。新丸子でね。車で行っちゃね。困りゃせんだね。
・でもよく思い出しましたね。
   えー
・沢山思い出があるんですか。
   そりゃあるんだね。新丸子にゃ。
・一番いいとき?
   いろいろ、日本列島で一番の夏だからね、あそこはね。雨もそうふりゃへんし
・夏がいいですよね
   スポーツの世界なんだね。新丸子は
・他に行きたい所はないんですか
   食べるもんも美味しいわね。
・どんな物があるのんですか
   新丸子ね、メロンが良くなって、メロンがものすごく美味しくなって。KOキングでね。すべてノックアウトで勝ってきたからね。袴田巖がね。メロンが美味しくなっちゃって。新丸子の中もね。
・良かったですね
   そういう歴史的な記録があるんだ。
・新田さんにも会ってきたんですか
   えー、KOキングというね。
・新田さんにも会ってきました?
・・・
・浜松がさびしくなっちゃうじゃないですか。巖さんが新丸子へ行っちゃうと、
浜松にはたまに来るだけですか。
・向こうでどんなことをするんですか。
   ばい菌がいなくなっちゃうからね。ばい菌がね。ばい菌が取り消しになっちゃうからね。私につけなくなっちゃうからね。
・それが一番ですよね。浜松よりも暮らしやすそうですか。
   えー、さてな。・・・(椅子から立ち上がり食卓へ)
・それでは、また来ます。お邪魔しました。 
              (文責:浜松 袴田巖さんを救う市民の会 寺澤 暢紘)

2019年6月28日金曜日

最高裁の再審妨害


2019627
最高裁による大崎事件の再審妨害抗議文

昨日最高裁第1小法廷の裁判官全員の一致で、大崎事件の再審請求を棄却しました。大崎事件は2002年3月(第一次再審請求)、2017年6月、2018年3月(第三次再審請求)の3回に及んで再審開始が決定されています。
 無実の人を救う最後の砦である最高裁が、地裁、高裁の再審開始決定を、司法の責任を果たそうとせず無残にも取り消してしまいました。
今回は3度目の再審開始決定に対して、検察が最高裁に特別抗告を申し立てたものです。これについて最高裁は、単なる法令違反、事実誤認の主張であると退けながら、地裁及び高裁の再審開始決定を誤りであるとして再審開始を取消したものです。
最高裁の決定は、福岡高裁宮崎支部で転落事故の可能性を指摘した鑑定を、「過大に評価し」、「実質的な総合評価を行わずに結論を導いたもので、不合理であるといわざるを得ない」と葬り去っています。
また、この鑑定人に対して「豊富な経験と専門的知見を備えた法医学者」と認めながら、「死体を直接検分しておらず」「言及されている情報や解剖の際に撮影された12枚の写真からしか死体の情報を得ることができなかった」と、全く見当はずれの批判をしています。
その上で「無罪を言い渡すべき明らかな証拠に当たるものとはいえない」として、裁判官全員一致の意見により再審請求を棄却しています。
大崎事件の冤罪犠牲者である原口さんは、6月15日で92歳の誕生日を迎えたばかりです。92歳の誕生日に花を添えるはずであった最高裁の判断は、再審妨害という不当な壁でした。最高裁のこうした姿勢は、事実を直視せず、原口さんの命を掛けた闘いを、有無を言わさず圧殺したものに他なりません。
昨年6月11日の東京高裁による袴田巖さんの再審開始決定の取消し、さらには7月のオウム真理教幹部13人の大量死刑執行などは、歯止めの効かない国家権力の恐ろしさを感じます。
大崎事件の再審開始決定の取消に強く抗議し、最高裁の良心がまだ存在しているのであれば、今後再び誤判による冤罪犠牲者を出さない姿勢を求めるものです。

               島田事件対策協議会有志
               浜松 袴田巖さんを救う市民の会有志

2019年6月19日水曜日

赤堀さん90歳の誕生日

 赤堀政夫さん90歳の誕生日の日に、島田事件対策協議会の代表が、名古屋の赤堀さんを訪ね、誕生日のお祝いを届けました。映像はその日の様子です。


島田アピールにご賛同いただいた皆様へ


 今回、赤堀政夫さんの解放30年・90歳誕生日のタイミングで提起した「島田アピー
ル:冤罪を生み出す温床の解消を目指し、再審法改正と死刑廃止を」に対して、多く
の個人・団体から熱い賛同のメッセージをいただきました。誠にありがとうございま
した。
 島田事件対策協議会は617日、島田アピールに賛同していただいた370名・20団体
を代表して、安倍晋三内閣総理大臣と山下貴司法務大臣宛ての要望書を内閣府および
法務省に提出しました。法務省では、福島みずほ参議院議員(社民党)の労により、
意見交換会という形で約1時間、刑事局・矯正局の担当者を前に、代用監獄の廃止や
誤判原因究明委員会等の設置、絞首刑の残虐性、死刑執行に対する異議申立、裁判に
於ける全面証拠開示、再審裁判に於ける検察官上訴の禁止など、冤罪をなくすための
主張を幅広く訴えることができました。
袴田巌さんの再審無罪を勝ち取る闘いなど、冤罪を晴らし、冤罪をなくす闘いは各地
で取り組まれています。皆様とともに冤罪のない社会をめざして行きたいと思います
ので、今後ともよろしくお願い申し上げます。
    20196月吉日         島田事件対策協議会

※添付写真は、「島田アピールを法務省職員に手渡す秋野正男・島対協代表」
※なお、下記URL(朝日新聞デジタル)や地元紙などで報道されました。
8N4Wrr5TSOJ-dX1v8c3tq9UqSOVHREHlu2QpikG7ievcB1wI


2019年5月28日火曜日

袴田巖さんの再審無罪を求める5・25浜松集会








袴田巖さん帰郷5周年
袴田巖さんの再審無罪を求める5・25浜松集会アピール
 
5年前の3月27日、静岡地方裁判所は袴田巖さんの再審開始を認め、477ヶ月ぶりに拘置所から釈放しました。再審開始決定は捜査機関のねつ造の疑いを認めるなど、決定文には「これ以上の身柄拘束は、耐えがたいほど正義に反する」とまで記されていました。
 ところが検察の即時抗告を審理した、東京高裁大島隆明裁判長は昨年6月11日、静岡地裁の再審開始決定を取り消しました。4年の時間をかけ、無罪と死刑という天地がひっくり返る判断が下されるという信じられないものでした。
 静岡地裁の決定を覆した大島裁判長は、袴田さんをあらためて再収監することは認めませんでした。しかし、検察は袴田さんの再収監を認めるよう、最高裁に強く求めています。最高裁の判断によっては、袴田さんはいつ拘置所に逆戻りさせられてもおかしくない、とても危険な状況に置かれています。
 袴田さんが再収監されるということは、死刑の執行を前提とするということです。一度は無罪を前提に釈放された袴田さんが、わずか4年後に「お前はやはり死刑だ」と再収監されるなどということが許されてよいのでしょうか。
 もし、そんなことが現実に起これば、弁護団も訴えているとおり、「世界にも例を見ない前近代的、非人道的な事態」です。人命を弄ぶにも等しい行為であり、最高裁だけでなく司法全体に対する国民の信頼を著しく失墜させるに違いありません。
 袴田巖さんは無実です。
最高裁は無辜の民の救済のための再審請求であることを踏まえ、直ちに再審開始を行なうべきです。
                                       
                   2019年5月25日

袴田巌さん帰郷5周年  袴田巖さんの再審無罪を求める5・25浜松集会
<主催団体:浜松 袴田巖さんを救う市民の会>

2019年3月26日火曜日

袴田巌さんの再審開始を!再収監を許さない3・23全国集会

2014年3月27日の再審開始決定から5年目を迎える袴田巖さんの再審開始と再収監を許さない全国集会を3月23日に開催しました。





 オープニングは、東京のダースレイダーさんと大阪のコンビに強盗の冤罪犠牲者のMIC SUN LIFEさん によるラップでした。ダースレイダーさんは、袴田さんの
ことを歌った「ファイティングポーズ」でファイトしてくれました。


 西澤弁護士から弁護団報告が行なわれ、支援者からのアピールがありました。
 ボクシング協会からは元チャンピオンの今岡さんや袴田さんの漫画を連載中の森さんたちからアピールをいただきました。

  この日はイタリアのエジディオのアルベルト事務局長の参加があり、福岡事件再審キャンペーンに取り組んでいる古川さんが紹介してくれました。
 
 アルベルトさんからは、来秋のローマ法王の来日に合わせて、巌さんとの面会を実現させる為の努力の約束が表明されました。




アムネスティの海外からのメッセージも沢山届いていました。