2020年5月27日水曜日

街歩きでの休憩中の会話

買い物に行く途中で、アイスクリームを食べながら休憩中の巖さんと5分ほど話しました。
・最近の様子はどんなですか
「終わっちゃったね、終わっちゃった。法律が制定しちゃったんだね。決まっちゃったんだね。全世界のばい菌は死んじゃっうっていうことだね。簡単なもんなんだね。」
・安心してますか
「くそ人間がいなくなっちゃって、そういう決定でございます。」
・浜松に来てどのくらいになるんですか
「どのくらいなんだろうね。5年くらいになるか。」
・6年です
「6年ね。出る事がなくなったんだね。世界で、出る事がなくなって、くそ人間がなくなってしまってね。」
・昔の事思い出しますか。
「昔のね。善悪の問題でね、悪が死んじゃって全部善なって、善で生活するとそういう時代なんだね。」
・巖さんが望んでいる世の中はどんな時代ですか
「善の時代だね。善ならみんなやっていけるというね」
・ボクシングの事思い出すことありますか
「あーボクシングね。ボクシングという時代でね。ボクシングで成功したっていうね。袴田巖がね」
・たくさん苦労もしたでしょう
「あーそりゃそうだね。」
・手紙をたくさん書いたと思うんですけど
「手紙というのは書こうと思えばいくらでも書けるんだがね。書かないことが偉くなる方法だったっていうんだね。袴田巖がね」
・巖さんのはがきを見ると、書いちゃいけないと言われた時があったみたいですけど。
「そうだね。書いちゃいかないで来ているんだね。書いちゃいけないで偉くなってきているんだね。守ってね、守らなければなれねーんだ。」
・それは大事ですか
「大事だったんだね。書かないことで勝ってきたっていうことでね。書かして嘘言って思って勝とうと思うのが儀式だったんだね。ばい菌のね。」
・それが許せないですね
「書き換えられちゃうんだね。書き換えられているということが分からんようになっちゃうんだね。変わった内容で出ちゃうんだね。文章活動では偉くしないっていうことあるんだね。書いたら負けだっていうんだね。それ書かないできたから全部勝ってきたんだ。」
・一番書きたいことは何でしょうか
「自分の勝ったことだね。じゃ!」と再び歩き始めました。

袴田さんの死刑廃止、再審法改正アピール(1980年、1981年)


袴田巖さんの死刑廃絶のアピール
(死刑制度撤廃124集会獄中アピール集より/19080124日)

死刑制度撤廃124集会に向け獄中からアピールを送ります。
 国家が民衆を殺してよいなどと言うナンセンスなことを黙認するわけにはいかない。
 そもそも法律は殺人を最も悪事とも定義しております。然るに、その殺人を国家が法の名に於て執行するとは、正しく今生に於ける極悪の最たるもので絶対許されない筈だ。
 権力者なら殺人を犯してよいなどと言う現代悪法の典型は心ある国民の力で廃絶しよう!


「再審の門を開け!再審法改正!」全国集会(1981718日)への
袴田巖さんのアピール

袴田事件 袴田巖
 本集会にお集まりの皆さんに、獄中からアピールさせていただきます。
 私は昭和41630日未明、静岡県清水市で起こったこがね味噌重役一家4人殺人放火強盗事件で、全く身におぼえのない犯人にしたて上げられた元ボクサー袴田巖でございます。
 昭和43年、一審で静岡地裁は私に死刑を宣告しました。そして、昨年1119日、最高裁は上告を棄却しました。
 現在弁護団、無実のボクサー袴田巖を救う会、友人、家族等の力で再審の請求をしていただいております。
 私は最高裁で上告を棄却された当時、獄中で胸に湧いた悲しみ、明らかなデッチ上げに対する押え難い怒り、そういうものが終日私の脳裏に錯綜していました。うす暗い牢獄の中で、ついには還暦を迎え腰の曲がった老人となってさびしく死んで行く自分の哀れな姿を想像したりしました。私の人生の末路はこんなふうになるのだろうか。
 しかし、身をかかがめて長生きするよりは、堂々と生き、また堂々と進むことが人間らしく、またキリスト者らしい姿ではないかと思う。
 彼、巌窟王吉田石松翁に対する権力の犯罪、さらには世には知られることなく葬り去られた幾多の権力犯罪。金森老や加藤老が居り、現在再審を開始させた免田事件、財田川事件・・・、彼らは一生を雪冤にかけたし、またかけている。これら先輩の不墝不屈の驚嘆すべき勝利への戦いの歴史がある以上、私たち冤罪者は泣いてはならぬ。一途に真心で進撃しようと思う。
 イエスキリストの弟子達、パウロの苦難に思いを致したい。
 私はキリストの福音の中に今日の現実の矛盾と葛藤と苦悩を解決する最も貴重なカギが隠されていると確信する人間である。
 こうしたことに到達した獄中生活とは私にとって大変貴重なものである。不自由な中に自由があることを悟り、心の自由さえあれば身はたとえ獄中にあっても私の口に詩や賛美歌や歌が消えることはない。
 すべての善人の苦しみのなかに生命は限りなく美しく芳香を放つもの。私は自分が無罪であることを知っている。私だけでなく私を取り調べた捜査官はもちろんのこと、検察官も書記官もすべてのことを知っている。
 裁判官にいたるまで私に罪がないことを明らかに知っている。
 当局の偽証、物証の隠とく、真犯人隠とくが暴露することを私は信ずる。
 裏木戸、クリ小刀、この一つの事実からも私の無実は明らかにされつつあります。
 歴史の審判は神の審判であり、本件権力犯罪は神の審判が近く必ず下るだろうと私は確信する。
 ご支援を心から感謝します。


2020年4月12日日曜日

スタンディングアピール

4/11 浜松駅前での定例の街頭宣伝。今日はスタンディングアピールのみ。巖さんはお姉さんと一緒に変わらない街歩きに出かけました。コロナの影響で様々な機能が停止していますが、袴田さんの再審を求める動きを中断させることはできません。最高裁は休むことなく直ちに再審開始決定を!

2020年2月9日日曜日

事件当時風呂場の洗濯機は故障していた


事件当時風呂場の洗濯機は故障していた

1982619日付けの袴田巖さんから斎藤準之助弁護士宛てて書かれたはがきに、こがね味噌工場風呂場の洗濯機が故障していたことが書かれています。
「本件当時故障があり使用不能であったこと。(中略)右洗濯機を使うことはできない状態でした。この事実を裏付けるためには、右工場に入っていた電気屋さんに御調査下さればわかるのではないでしょうか。」という内容でした。
26日の夕方、街歩きから戻ったばかりの袴田さんからそのことを聞いてみました。
帰宅した巖さんの衣類をひで子さんが洗濯するということで、靴下を脱いだところでの会話です。
・巖さんは洗濯をしないのですか。
2020.1.20撮影
 
〇 洗濯ね。やらないか。洗濯は女ができるからね。誰かね。男は不器なんだからね。洗濯やるとなるとね。利益を感じないんだでね。女には感ずるがね。洗濯なんか利益を感じるが、男は感じやせんだね。
・斎藤弁護士のはがきの中に巖さんが住み込んでいたところの洗濯機のことが書いてありましたが。
〇 洗濯。洗濯という問題というと、監獄制度の問題だろうね。監獄じゃやらにゃしょうがないんだでね。
・清水にいたころです
〇 清水にいたころ。こがね味噌じゃやってたね。こがね味噌で洗濯機ガラガラ廻してたね。そういうことはありますね。
・洗濯機が故障していたとか。
〇 洗濯機がやりやすいようになっていたんだね。洗濯をね。
・一人で洗濯していたのですか。
〇 やってたんだね。
・若かったですね。
〇 それくらい頑張らにゃしょうがなかったんだね。洗濯はね。着るものの後ないでね。
・毎日してたんですか。
〇 そんなことはないがね。
・結構汚れたんですか。
〇 夏と冬は違はね。3日に一遍やったかな。
・えらいですね。今は考えられない。
〇 今は、まあこがね味噌行きゃあやるんだろうね。こがね味噌行きゃあみんなやってるんだからね。
・その頃の事思い出すことありますか。
〇 こがね味噌ねー。忘れちゃったね大概。監獄が長いということになってね。
・ひどい目にあいましたね。
〇 まあありゃ修行だからね。神になるための修行だね、あれは。こがね味噌から監獄へ行ったということはね、行くしかなかったということだ。修行なんだね。自分に対する修行があった。耐えれるか、耐えられねぇかということだね。問題はそういう修行にね、警察を相手に闘うしかないという、監獄制度じゃあね、拷問の取り調べをね、それに勝つということだ。どういう方法があるかと、まあいろいろあるんでね。
・負けなかったですね。
〇 本当に最後まで負けちゃうかどうかということだね。自白っていうね。負けちゃうことになっていう。逃げちゃうかっていう、逃げるしかない。拷問じゃ逃げるしかないんだね。警察の拷問にゃね。
・ひどかったんですね。
〇 そんなものあったんだね。向こうも書いてるようにね。事件がないんだから、実際はね。実際何んだからね。書いただけっていうが、それも書けないんだね。実際書けてやしないんだね。書けてやしないから、何とか否認しようっていうことだね、否認して自白調書なんてものは拷問だと。自白してでっち上げだ。裁判所に闘いだね。そんなこと考えていたんだね。
・斎藤弁護士へのはがき読ませてもらって闘っていると思いました。
〇 闘うしかないんでね。事件がない、無罪というそういう根本的なものすごい証拠があったんだね。それを裁判所が隠してきたっていうんだ。長い事ね。
・どうやって苦しい時を乗り越えたんですか。
〇 まあ人間だからね、人間だから、のらくらだよね。のらくら。うそ言っているんだからね、あらゆるうそを言っているんだね。拷問に対してね、あらゆるうそを言っている。何かやれねぇんだね。国家権力相手だからね。国家権力相手だから。拷問の問題があって、のらくら、のらくらうそを言っているんだね。
・拷問は痛い目にあわされたんですね。
〇 拷問っていまさら言ってもしょうがないんだね。さあ顔洗って、と立ち上がる。
この日は以上で終わりました。(文責:浜松 袴田巖さんを救う市民の会 寺澤)

2019年10月20日日曜日

雨の中のスタンディングアピール。定例の街頭署名は先週の土曜でしたが、台風19号を避けて中止しましたので、今日14時から1時間浜松駅での行動になりました。傘を差してのアピールでしたが、7人の方の署名の協力をいただきました。巌さんはこの雨の中、街歩きを決行でした。

2019年9月29日日曜日

最高裁は罪だ その2


巌さんとの会話913日の夕方、街歩きから帰って一休みのところをお邪魔して)

 袴田さんの拘禁反応による精神障害の状況は、1985年ころから始まっている状態と大きな変化はありません。この日の会話でもそれを感じましたので、その様子を拾い出してお知らせします。

裁判について
・裁判といえば一審二審三審だね。こりゃ儀式で決まってて、監獄へ入らにゃしょうがない。監獄に入らにゃ字を覚えることできんだね。儀式がね。監獄に入って覚えよう、教えようという事だ。袴田巖にね。袴田巖の地位があってね。
地位?
・中心という地位があってね、これで中心が勤まるかどうか、監獄で字を教えるということだね。そういう生活だろうね。監獄時代、15年もかかっているが、ノーベル文学賞作家の地位までとっちゃったんだから。いろんなもの書いてね、書くことに困らんようになっちゃったね。どんなことでも書けるようになってきたね。

裁判という言葉を聞いて何かありますか
・裁判の問題はどういうのか。事件がない、無罪が。これをね、掴んでれば、事件がない、無罪でやっていれば無罪だろうからね。有罪にするために隠しちゃってこんなものね。隠したんだね。裁判、訴状上げねぇんだね。隠しちゃったんだね。そういう時期があった。それだから有罪、有罪でいったんだね。死刑、死刑で。だけども袴田巖という名が中心だったんだね。儀式の中心だったから、検事であるんだね。検事でなけりゃ捕まえておけねぇんだ。監獄にね、捕まえておけねぇんだ。それで修行にならねぇんだ。
裁判の印象はどんなですか
・裁判の印象ね。振替ってみると、印象ねー、ねぇんだね。裁判の印象はね、裁判というとどうなって、苦しいことはねぇんだね。通って行っちゃってね。

検察官というとどういう印象ですか
・検事。事件がないんだからね、本当の証拠というはね、事件がないんだからね、検察も袴田巖が中心である儀式がね。偉くしにゃしょうがないだからね。字を覚えさせにゃしょうがないだね。字を覚えさせにゃしょうがないんだね。検事自体にね。検事、警察そういった責任があって、監獄にぶち込んで、死刑という名でもってぶち込んだってなってるがね。実際は検事なんだね。
検察官の名前覚えてる人
・検察、どうなってるかね。吉村英三なんてね、吉村英三なんてね。
・有罪にしにゃしょうがないんでね。向こうは。偉くなれねぇんだから。袴田巖が。自由じゃね。そういう儀式なんだね。何だか監獄ぶち込んで、偉くしようってことだね。
すみません、あまり良い質問じゃなくて。
・勝ちだでね。負けやせんでね。何か勝たすんだね。勝たして偉くしている。(文責:浜松袴田巖さんを救う市民の会)

2019年9月13日金曜日

最高裁は罪だ

 
2019年9月13日(木) 久しぶりの巌さんとの会話。午後1時ころから5時ころまで、街歩きで一休みのところをお邪魔しました。今日は裁判、検察官、弁護士、再審、儀式、機械など、とても意図的な質問をさせていただきました。終始穏やかにお話いただきました。その中でも「事件がない。無罪」という言葉が繰り返され、そして最高裁は「罪」だと断言していました。終了後、写真を撮影をお願いして、少しだけ笑顔をいただきました!